データ解析のための数理統計入門
久保川 達也
共立出版
書評、というよりむしろ読書体験記だ。
数理統計学では、「現代数理統計学の基礎」(同著者)と、「現代数理統計学」(竹村彰通)の2つの書物の評価が高い。いずれもハイレベル。本書は、その前者の著者が「現代数理統計学の基礎」の内容をもう少しかみ砕いて再構成したものある。
いうまでもなく、それなりに高度な内容だと思う。
個人的にちょっと気になるのだけど、この本のレベルって、世間(統計学をやっている人たち)の基準だと、どうだろう?
私は門外漢に等しいので、この本の難易度がどれぐらいなのか、正直言ってよくわからないのだ。理系で、しっかりした大学か大学院に行くぐらいの人だと、この本は「ヨシ、いっちょやるか」ぐらいで読めるレベルなんでしょうか?それともやっぱり難しいのでしょうか?
いずれにせよ、統計学というよりも、統計学で使われている諸定理の数学的な背景をしっかりと扱った本である。数学的な基礎力と体力を含む、読む人を非常に選ぶであろうことは間違いがない。
* * *
内容については、カバーしている範囲が非常に良い。狭すぎず、広すぎずである。
私は「統計学の数理(桜井)」とセットで読んでいて、「データ解析のための数理統計入門」を応用や発展形の内容として使っている。後半に、話題が広がるのは非常にありがたい。そもそも、多変量解析や階層ベイズ法なんて、それだけで1冊の本が必要なぐらいだと思うが、本書では基本的な定理の導出過程、その基本的な流れを数学的に扱うにとどめている。矛盾する話だが、それゆえ全体像を知りたい私のような人にとってはちょうど良いともいえる...。
個別の観点から言えば、もっと具体的なトピックを含む説明が多く書かれていたほうが良いが、この本は数学的な説明に絞っていて、逆に、全体像を与えるようなまとまりの良さを与えている。
その深さも、読みこなすにはそれなりの苦労が必要だが、これぐらいがちょうどよいのかもしれない。「現代数理統計学の基礎」だと、トゥーマッチな部分があるのだが、本書は私にとってもどうにか乗り越えられるような、超ハードだけどぎりぎり味わいも感じられる深さだった。
もちろん、独学の場合、そうとう上手に調べたり、頭の中でぐるぐるとパーツを組み立てて、全てのステップをゆっくりと進めて、概念を「記号接地」させないと、すぐに手に負えなくなるだろう。
もうすこしだけ、書評っぽいことを書いておこう。
本書において著者は、多少行間を埋めるような配慮をしているとみられる。アマゾンの書評でも、そのように評価している書き込みがあった。とはいえ4/10ぐらい、つまり10の内容に対して4説明しているぐらいである。たしかに1/10よりはマシであるが、10/10ではない。しかも、そもそも、その4についても「とてもエレガントな工程を描いておき、そのうちの4を与えている」という感じがする。それっていいのやら悪いのやら(?)
対比して言えば、ある定理を一番細密に描くならば、全体で20ぐらいになるかもしれない。そのほうが本来わかりやすいし、自分でいうのもなんだが、独学では効率よいと思う。(この本はもしかしたら、平均ならば10で説明するものを、エレガントな発想で7ぐらいのステップに圧縮できる方法を示しているような、逆の面白さもある。)
素人なりに数学を見ていて何となく思うのだが、エレガントな工程はステップ数が少ない。しかし、細密に途中を書くならば、ステップ数が増えるし、そういう丁寧な語り方は、逆にどうしても泥臭くなる。だが、全体が20で、説明も20書くような本があってもいいと思うのである。
何が言いたいかというと、数学に詳しい人(私ではない)が平均的に必要とするステップ数を10としたとき、
- 1/10しか説明していない本は最悪
- 10/10を説明する本は丁寧
- 20/20を説明する本は、専門的でない人の独習にも使えるし最高
- 4/7ぐらいで説明する(この本!)
これが私の感想である。
そして、ようやく読み終えたのである! 夕方10分ぐらいしか読む時間がなく、たぶん1年ぐらいかかった...。章末問題はまだ未対応。だが、本文のたぶん97%ぐらいはきちんと途中式を自分で導出している...ハズ。(3%ぐらいは、モチベーションが湧かず結果だけ見てスルーした。)
途中式もノートにつけている。本書の後半以降は、ほとんどのセクションで、ノートの方が分量が多い。たぶん本書のページ数の3〜5倍ぐらいあるかもしれない。考えてみたら酔狂なコトだ。こんなことやっているから、この数年間、ロードバイクで遊びに行くことがなくなったんだなぁ。
しかし面白かった!と言うのが素直な感想だ。すぐさま、ノートを拡充させながら最初の周回に入るかどうか、考えている。1冊の書物をこれだけ時間をかけて取り組んだのは、いつぶりだろう。そういえば、分野は全く異なるが、Gille DeleuzeのSpinoza et le probleme de l'expressionを読んでいた時も似たような心境だったかもしれない。1冊の書物を読むだけなのに、根本的に新しい知識を得ることができるという機会で、それなりに時間がかかったが、得るものも大きかった。そして、それだけ楽しかった覚えがある。そういう「自分にとって稀有な書物」がたまにあるので、そのうち一覧にしてみたい。おそらく、それが自分にとって本物の書物なのだろう。
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