2025-08-20

2025年の夏の思い出

 例年と同じく、夏休みを取って仕事から離れる時間を作りました。いつもならば家族旅行にでも行くところですが、都合のため今年はほとんど家にいることになりました。(乗鞍に行く予定があったけれど、天候のためキャンセル。)

そろそろ夏休みも終わりなので、久しぶりに近況をまとめておこう。


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クラシックギター近況

BWV 1003 フーガ

バッハのソナタとパルティータ(バイオリン)、スイート(チェロ)、リュート曲あたりの名曲にはクラシックギターに向けたアレンジメントがいくつも存在し、日本の出版社からも手に入る。

私もいくつかの版を入手して、気に入った曲を選んで、自分で弾いてみたりするわけだが、どうしても、BWV 1003(とくにアンダンテとフーガ)については譲れないこだわりがあった。タチアナ・リツコバの2010年の録音である。この演奏があまりに素晴らしすぎるので、私は以前から、この演奏のもとになっている版について調べていたのだ。

実は、手に入る限りの版ではどうしてもタチアナの演奏が再現できない。バルエコ版は運指面でも割と面白く、いわゆる「通常アレンジ」では最高水準だと思うが、それでもアレンジメント自体がタチアナの演奏とは違った。

そんななかでFrank Koonce & Heather DeRomeに出会ったのである。ある日、YoutubeでHeatherが公開しているトレーニング動画を見つけ、それを見たら自分が求めている版のイメージに近いことが分かった。しかもカナダからShippingも対応してくれる! ということで早速注文した。

Andrew Yorkと同じく、こちらもHeather DeRomeを中心とする個人出版のような形式だった。実は輸送に大幅な遅れがあり(3か月!)、その間何回かHeatherとやり取りをしたのだけど、とても気さくで誠実に対応してくれていい人でした!お世話になりました~。

早速届いた譜面をチェック。たしかにタチアナの演奏とはわずかな違いのようである。私も欲しかったものを入手できて大満足である。

さて、肝心の「通常版」との違いである。この曲は通常はソロ・ヴァイオリン版(まさしくBWV 1003)をベースにしている。それに対し、DeRome版はクラヴィーア転写によるBWV 964を並行参照し、ギターで実現しやすいように独自の補筆・配分を行ったクリティカル・アレンジメントのようだ。(私はその筋の専門家ではなく、原曲+公知のクラヴィーア稿を学術的に分析したわけではない。正確な情報かわからないが、ざっと調べたところはそのような感じだ。)

何が本質的に違うのか? フーガらしい主題音列をきっちりと保持して繰り返し使っていることろじゃないかと思う。通常版のほうがちょっとメロディックに響くのだが、私はDeRome版のほうが好みだ。ただし主題を淡々とこなしているだけだと機械的になる恐れもあり、その辺りは(話は元に戻るが)タチアナの演奏のうまい部分だなぁと思う。

そしてこの版を編集して、日本にまで発送してくれているヘザーに感謝である。ハマっている人は全世界に50人ぐらいしかいないかもしれませんが、ちゃんと響いてますよ!


Sunburst、Moontan

以前の日記でこのAndrew Yorkによる2曲の練習をスタートしたと書いた。素晴らしい曲で、練習するモチベーションも尽きない。

正確に演奏することが極めて難しいことが有名な曲であるが、ようやく少しポイントが分かってきた気がする。どちらもテクニカルに譜面通りに弾くこと自体がとても難しいのだが、実はリズムの要素も大きい。譜面通りにジャストに弾くだけではこの曲たちのカラーが出てこず、軽いノリやタメを入れるポイント、つまりグルーブ感があると思われる。

2曲ともそのグルーブ感のテイストが異なっていて、曲想に影響を与えているように思う。弾きながら自分なりの工夫を加えていって、なんとなく思っていた方向に近づけるような作業である。

Sunburstであれば、スラーやトリルの場所はややせわしなく、いわゆる縦ノリで、わずかに前に突っ込んでニュアンスを出す方向で行くのがいい気がする。Moontanの場合は、スキップを踏むような感じで、少しタメ気味でリフを引く。タッピングとスラーの場所は逆にジャストにしたいのだが、ここはそもそも正確に弾くだけで、すでに難題。

ところでライトハンドで大胆にブレークが入るのが3か所あるが、そのうちの2回目、3回目は譜面だと8拍だが、録音を聞くと10に聴こえる...。ちなみにMoontanの演奏では猪井亜美が神級またはお化け級である。私も、彼女の演奏っぽく10拍で弾いてみる今日この頃なのだが、どうやったら綺麗に弾けるんだこれ...。


The Koln Concert IIc

バルエコ編の譜面を入手して、練習を開始。レファレンスとして村治佳織を参考にしているが、あまり「聴かず」に、譜面だけでイメージして弾けるようになるかやっている。クラギでジャズ曲にトライするのは初だけど、やはり面白い。

インプロビゼーションとか、場合によってはラフっぽさを出したいけれど、逆にダラダラした惰性のような動きにならないようにするのはどうしたらよいのかって考えている。


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「統計学の数理(桜井)」の2週目を読了。

1週目は数式を追いかけるだけに始終したきらいがあるので、2週目はさらにゆっくりと全体像をイメージすることを心掛けた。さっと通過した場所にも、気づくことがたくさんあり、新たな満足感を得た。

とくにベクトルや行列については、単純に記号の計算法則のようにとらえるのでなく、具体的な数列(フランス語でいうとセリーである)の掛け合わせ、展開や新座標への変換をイメージしながら考えると、がぜん統計学の面白さが深まる。




2025-03-01

書評:データ解析のための数理統計入門



データ解析のための数理統計入門
久保川 達也
共立出版


書評、というよりむしろ読書体験記だ。

数理統計学では、「現代数理統計学の基礎」(同著者)と、「現代数理統計学」(竹村彰通)の2つの書物の評価が高い。いずれもハイレベル。本書は、その前者の著者が「現代数理統計学の基礎」の内容をもう少しかみ砕いて再構成したものある。

いうまでもなく、それなりに高度な内容だと思う。
個人的にちょっと気になるのだけど、この本のレベルって、世間(統計学をやっている人たち)の基準だと、どうだろう?

私は門外漢に等しいので、この本の難易度がどれぐらいなのか、正直言ってよくわからないのだ。理系で、しっかりした大学か大学院に行くぐらいの人だと、この本は「ヨシ、いっちょやるか」ぐらいで読めるレベルなんでしょうか?それともやっぱり難しいのでしょうか?

いずれにせよ、統計学というよりも、統計学で使われている諸定理の数学的な背景をしっかりと扱った本である。数学的な基礎力と体力を含む、読む人を非常に選ぶであろうことは間違いがない。

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内容については、カバーしている範囲が非常に良い。狭すぎず、広すぎずである。

私は「統計学の数理(桜井)」とセットで読んでいて、「データ解析のための数理統計入門」を応用や発展形の内容として使っている。後半に、話題が広がるのは非常にありがたい。そもそも、多変量解析や階層ベイズ法なんて、それだけで1冊の本が必要なぐらいだと思うが、本書では基本的な定理の導出過程、その基本的な流れを数学的に扱うにとどめている。矛盾する話だが、それゆえ全体像を知りたい私のような人にとってはちょうど良いともいえる...。

個別の観点から言えば、もっと具体的なトピックを含む説明が多く書かれていたほうが良いが、この本は数学的な説明に絞っていて、逆に、全体像を与えるようなまとまりの良さを与えている。
その深さも、読みこなすにはそれなりの苦労が必要だが、これぐらいがちょうどよいのかもしれない。「現代数理統計学の基礎」だと、トゥーマッチな部分があるのだが、本書は私にとってもどうにか乗り越えられるような、超ハードだけどぎりぎり味わいも感じられる深さだった。
もちろん、独学の場合、そうとう上手に調べたり、頭の中でぐるぐるとパーツを組み立てて、全てのステップをゆっくりと進めて、概念を「記号接地」させないと、すぐに手に負えなくなるだろう。

もうすこしだけ、書評っぽいことを書いておこう。

本書において著者は、多少行間を埋めるような配慮をしているとみられる。アマゾンの書評でも、そのように評価している書き込みがあった。とはいえ4/10ぐらい、つまり10の内容に対して4説明しているぐらいである。たしかに1/10よりはマシであるが、10/10ではない。しかも、そもそも、その4についても「とてもエレガントな工程を描いておき、そのうちの4を与えている」という感じがする。それっていいのやら悪いのやら(?)

対比して言えば、ある定理を一番細密に描くならば、全体で20ぐらいになるかもしれない。そのほうが本来わかりやすいし、自分でいうのもなんだが、独学では効率よいと思う。(この本はもしかしたら、平均ならば10で説明するものを、エレガントな発想で7ぐらいのステップに圧縮できる方法を示しているような、逆の面白さもある。)
素人なりに数学を見ていて何となく思うのだが、エレガントな工程はステップ数が少ない。しかし、細密に途中を書くならば、ステップ数が増えるし、そういう丁寧な語り方は、逆にどうしても泥臭くなる。だが、全体が20で、説明も20書くような本があってもいいと思うのである。

何が言いたいかというと、数学に詳しい人(私ではない)が平均的に必要とするステップ数を10としたとき、

  • 1/10しか説明していない本は最悪
  • 10/10を説明する本は丁寧
  • 20/20を説明する本は、専門的でない人の独習にも使えるし最高
  • 4/7ぐらいで説明する(この本!)
これが私の感想である。

そして、ようやく読み終えたのである! 夕方10分ぐらいしか読む時間がなく、たぶん1年ぐらいかかった...。章末問題はまだ未対応。だが、本文のたぶん97%ぐらいはきちんと途中式を自分で導出している...ハズ。(3%ぐらいは、モチベーションが湧かず結果だけ見てスルーした。)

途中式もノートにつけている。本書の後半以降は、ほとんどのセクションで、ノートの方が分量が多い。たぶん本書のページ数の3〜5倍ぐらいあるかもしれない。考えてみたら酔狂なコトだ。こんなことやっているから、この数年間、ロードバイクで遊びに行くことがなくなったんだなぁ。

しかし面白かった!と言うのが素直な感想だ。すぐさま、ノートを拡充させながら最初の周回に入るかどうか、考えている。1冊の書物をこれだけ時間をかけて取り組んだのは、いつぶりだろう。そういえば、分野は全く異なるが、Gille DeleuzeのSpinoza et le probleme de l'expressionを読んでいた時も似たような心境だったかもしれない。1冊の書物を読むだけなのに、根本的に新しい知識を得ることができるという機会で、それなりに時間がかかったが、得るものも大きかった。そして、それだけ楽しかった覚えがある。そういう「自分にとって稀有な書物」がたまにあるので、そのうち一覧にしてみたい。おそらく、それが自分にとって本物の書物なのだろう。