データ解析のための数理統計入門
久保川 達也
共立出版
書評、というよりむしろ読書体験記だ。
数理統計学では、「現代数理統計学の基礎」(同著者)と、「現代数理統計学」(竹村彰通)の2つの書物の評価が高い。いずれもハイレベル。本書は、その前者の著者が「現代数理統計学の基礎」の内容をもう少しかみ砕いて再構成したものある。
いうまでもなく非常に難しい内容だと思うが、世間の水準はどうだろう? 高校2年生ぐらいで数学を辞めて以来、ごく最近まで数学をまともにやっていなかった私にとって、この本の難易度がどれぐらいなのか、正直言ってよくわからない。理系で、しっかりした大学か大学院に行くぐらいの人だと、この本は「ヨシ、いっちょやるか」ぐらいで読めるレベルなんでしょうか。まあ、自分で言うのもなんだが、私のようなパーフェクトな独習者がなかなか手が出せるものではないと思う。
それならば、なぜわざわざこの本に取り組んでいたのかと言うと、ちょっとした趣味の世界なのである。人に説明するのは難しい。なぜかわからないが、2年前ぐらいから、急に数理統計が楽しくなっていて、マイペースで進めるようになった。ドラクエで、フィールドを歩いて敵を倒したり、呪文を覚えるような感覚に近い。難しい定理をうまくクリアできた時は、ダンジョンを攻略できた気分だ。
私の学習スタイルは、スキマ勉もいいところだ。夕方、食事前に10分ぐらいちょこちょこと、あとは週末に読むような超スローペースで、じっくりとこの本に取り組んでいた。 やはり難しい部分ばかりだった。ほとんどの部分は統計といよりも数学そのものなので、統計学の知識だけでは対応不可能。特に数学知らない人は、そうとう上手に調べたり、頭の中でぐるぐるとパーツを組み立てて、全てのステップをゆっくりと進めて、概念を「記号接地」させないと、独学は不可能だと思う。
ここだけ、おそらく唯一、書評っぽいことを書いておこう。
本書において著者は、多少行間を埋めるような配慮をしているとみられる。アマゾンの書評でも、そのように評価している書き込みがあった。だが、4/10ぐらいである。たしかに1/10よりはましであるが、10/10ではない。しかも、そもそも、その4についても「とてもエレガントな工程を10で描いて、そのうちの4を与えている」という感じがする。対比して言えば、ある定理を一番細密に描くならば、全体で20ぐらいになるかもしれない。そのほうが本来わかりやすいし、自分でいうのもなんだが、独学では効率よいと思う。(この本はもしかしたら、平均ならば10で説明するものを、8ぐらいで説明しているような、逆の面白さもあるが、それは置いておこう。)素人なりに数学を見ていて何となく思うのだが、エレガントな工程はステップ数が少ない。しかし、細密に途中を書くならば、ステップ数が増えるし、そういう丁寧な語り方は、逆にどうしても泥臭くなる。だが、全体が20で、説明も20書くような本があってもいいと思うのである。
何が言いたいかというと、数学に詳しい人(私ではない)が平均的に必要とするステップ数を10としたとき、
- 1/10しか説明していない本は最悪
- 10/10を説明する本は丁寧
- 20/20を説明する本は、専門的でない人の独習にも使えるし最高
- 4/8ぐらいで説明する(この本!)
これが私の感想である。
そして、ようやく読み終えたのである! たぶん1年ぐらいかかった...。章末問題はまだ未対応。だが、本文はたぶん97%ぐらいはきちんと途中式を自分で導出している...ハズ。(3%ぐらいは、モチベーションが湧かず結果だけ見てスルーした。)
途中式もノートにつけている。本書の後半以降は、ほとんどのセクションで、ノートの方が分量が多い。たぶん本書のページ数の3〜5倍ぐらいあるかもしれない。考えてみたら酔狂なコトだ。こんなことやっているから、この数年間、ロードバイクで遊びに行くことがなくなったんだな。
しかし面白かった!と言うのが素直な感想だ。すぐさま、ノートを拡充させながら最初の周回に入るかどうか、考えている。1冊の書物をこれだけ時間をかけて取り組んだのは、いつぶりだろう。そういえば、分野は全く異なるが、Gille DeleuzeのSpinoza et le probleme de l'expressionを読んでいた時も似たような心境だったかもしれない。1冊の書物を読むだけなのに、根本的に新しい知識を得ることができるという機会で、それなりに時間がかかったが、得るものも大きかった。そして、それだけ楽しかった覚えがある。そういう「自分にとって稀有な書物」がたまにあるので、そのうち一覧にしてみたい。
あなたの内側を変えるような一冊というのは、きっとそういうものだ。あなたな全く何も知らず、気づいてさえいないかもしれないが、本当はとても知りたかったことを、徹底的に、圧倒的に、妥協なく、教えてくれる書物に出会うということ。「誰にとっても、それに出会う前と、出会った後で、同じでいることができないような邂逅がある」(これは、やはり私を変えた、とある1冊からの引用である)。