統計学の数理
桜井基晴
プレアデス出版 (2022)
これは神本かもしれない。
最近ようやく読了した(演習問題はまだ)ので、軽くメモ。
統計学を学ぶとき、数学的な側面にどの程度こだわるかという問題がある。
統計学では、奥深いテーマを考えれば考えるほど数学的な議論がメインになってくるのだが、誰しもが数学的な素養があるわけでもないし、時間をかけれるわけでもないし、そもそも好きかどうかも分からない。
その上で、「統計学を、数学側の視点からもやってみようか」と思ったとき、独学者が一歩踏み出すための指針となる本が意外とない。私の知る限りでは「統計学のための数学入門30講」(永田靖、朝倉書店)と「大学の統計学」(石井俊全、技術評論社)あたりであろうか。マセマの「統計学・演習」は出発点としては極めて秀逸である。
本書は数学的な理論がメインで、実践的な内容は書かれていない。数学のみを語るという意味では、「統計学のための数学入門30講」のテイストが最も近いが、同書はやや「数学の復習」という体裁が強く、それでいて数学をほとんど知らないか忘れている人が取り組むような流れになっていない。情報はあるのだが、味気がない、いわゆる「まとめ本」なのである。登山で例えれば、装備の説明と、各山麗の攻略法の概要を載せているような流れである。
だが、統計学で使われる重要な諸定理を片っ端からクリアしていこうとすると、この3つの書籍のいずれも、やや物足りない。実際に、自分の手で計算をして、定理を導出できないものか、という思いを抱く。
その点で言えば、本書は数式の行間をひたすら追っていくスタイルである。山登りをするときに、実際のルートファインディングして踏破することが目的の人にとっては、こちらの方が実体験を与えてくれるので都合が良い。特に後半は高度感が増してくるので、次のレベルを目指すための下準備としても良い。
私は高校2年生ぐらいから数学はほぼ何もやってこなかったタイプである。「ああ、こうやって歩くんだな」ということを、数式で一行一行踏破していくことができるのは、非常にタフでやりがいがあった。そこには、ルート攻略をイメージしながら、ステップを踏んでいくという、フィジカルな経験にも似た楽しさがあった。
本書は、統計学の数学という、本格的な山脈の歩き方を教えてくれるナビだが、大学初級程度の数学的道具をもっていることは前提となっている。具体的に言えば、微積分と線形代数の基本定理、マクローリン(テイラー)展開、ランダウ記号(余剰項)の処理、重積分、2変量の変数変換、ヤコビアンの処理あたりである(特性関数、ベイズ統計やルベーク積分は使われていない)。完璧に使いこなせることはないとしても、これらの道具の扱い方を多少は心得ておかなければ、前にも後ろにも進めなくなるだろう。そのあたりは読者がどうにかしなければならない。
ただ、これは数学素人の私見だが、統計学で使われる数学は、それなりに高度な理論を使うのが、それぞれの理論分野においては、とてもシンプルで見本のようなセッティングが使われるのである(例外がなく、条件設定が少ない多いと言えばいいのか)。もちろん、他書や、ネット上で解法を解説している情報を見ていると、そんな証明方法は思いつかないなぁと思うようなパズルっぽいことがなされていることもあるのだが、少なくともこの本は普通に踏破できるような道筋で、どこまで行けるかを示していると思う。その点、誰かに教わるのでもなく、ただ勝手にやっているだけの(私のような)完全な独学者でもどうにかなる。
関係ないが、さいきん山登りにとても興味がある。自分の足で険しい山道をすすみ、途中さまざまな中間ポイントを経由しながら、自分の道具を再点検し、ルートを確認して、さらに先に進む…、ということが似ているのかもしれないな。